20年前家に来た母親を怒鳴りつけて帰らせた。しかし女性は怒鳴ってしまったことをすごく後悔している。その理由を知ると涙が止まらない…

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20年前家に来た母親を怒鳴りつけて帰らせた。しかし女性は怒鳴ってしまったことをすごく後悔している。その理由を知ると涙が止まらない…

20年前に母親を玄関先で怒鳴りつけて家に帰らしたことをすごく後悔している女性

これは発言小町に寄せれていたある女性の悩みです。

20年前に女性は母親にしたあることがきっかけで今すごく後悔している女性の悩みを聞くとなんだか涙が出てきそうになります。

それではご覧ください。

「また遅刻!お母さんは、いっつもそう。私は子供のときから待たされてばかり。もううんざり。帰って!」
「・・・ごめんね。じゃあ」
母はそう言ってドアの向こうに消えました。
何度裏切られたことか。
情けなくて涙が出ました。
でも、母のことが哀れになって後を追いました。
駅に向かう途中の踏み切りで、母は電車の通過を待っていました。
右手に米の袋、左手に大きな手提げ袋を二つ持って、うなだれたように立っていました。

あの日、お昼にうちに訪ねてくることになっていた母に、野菜たっぷりのほうとうをご馳走する予定でした。
母が遅刻することは想定済みでしたから、
約束の時間は12時にして、1時にアツアツを出すつもりでいました。
11時に家を出れば十分に間に合います。
念のため11時前に実家に電話を入れると、
「もう出るところだから」
「大丈夫、大丈夫」という母の張り切った声を信じちゃったんですね。
「乗り遅れたかな」それとも「電車が遅れたかな」と待ちました。
心配、怒り、失望、悲しみが、おつゆを吸って冷めたうどんに混ざり合い、時計が一時半を過ぎるころ、チャイムが鳴ったのです。

母はルーズというより時間を守ることが難しい、そんな性質だということをずっと後に知りました。
母は出がけにふと思いついたそうです。
冷蔵庫に私に分けてあげたいものがまだあると。
それで袋に色々詰め込んだそうです。
半分になった月餅やら、使いかけのカボチャ、西京焼き。

あれから20年経ちますが、
私は今でもあの日の踏切の音、母の後ろ姿を鮮明に覚えています。
母は今要介護になり、色々なことが記憶から消えています。
母を訪ねる日、母はマンションのバルコニーでずっと私の到着を待っています。
思いっきり手を振る母の笑顔を見ると、
あの日に戻って、あの玄関からやり直したくなります。
「お母さんいらっしゃい!でも心配したのよ」

発言小町より引用

なんだかとても複雑な心境になる投稿ですよね。

20年前のあの日に自分が母親を怒鳴って帰さなかったらあのうなだれたような後ろ姿を見ることはなかった。

しかし、若かった投稿主は母親が遅刻したことがどうしても許すことができず結局母親を怒鳴りつけて家に帰らしてしまった。

そして20年たった今母親は介護が必要になるような状態になってしまい、老化によって記憶もどんどん維持が難しくなっており、昔の記憶も忘れていっている模様。

そんな母親を訪ねるときにはバルコニーから思いっきり手を振って笑顔で迎えてくれる母親に対してなんてことをしまったんだろうとすごく悩んでいるのでしょう。

この投稿主の気持ちには同情の声や励ましの声もたくさんありました。

特に、「過去は変えることができない。だから今、そしてこれからを大事にしてください」という回答が印象に残っています。

この女性はきっとこのことをずっと悔やんで生きてしまうかもしれませんが、悩んでいるからこそ「発言小町」にこの悩みを投稿したのでしょう。

これでこの女性の悩みの負担が少しでもなくなるといいですね。

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