コマネチ選手の不倫騒動の真相は?愛人疑惑・亡命などの裏側が!

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爆報THEフライデーで元体操選手の「白い妖精」と言われたコマネチ選手が登場することが分かりました。

番組ではコマネチ選手の不倫騒動の真相や美熟女となった姿が公開されるようです。

そんなコマネチ選手の不倫騒動の真相とは一体なんだったのか気になったので調査してみました。

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コマネチ選手の不倫騒動の真相とは?

コマネチ選手の不倫騒動の真相についてですが、調査した結果下記のようなことが分かりました

コマネチ選手はルーマニア革命が起きる1989年12月の1ヶ月前1988年にオーストラリアを経由してアメリカへと亡命しています。

そしてアメリカに亡命したあと、亡命を手伝ったアメリカ人コンスタンチン・パニートとの不倫騒動がアメリカで話題となりました。

コマネチ選手は亡命後コンスタンチン・パニートと2人で一緒のホテルなどで生活しており、メディアからの質問に秘密と答え最終的には「だから何?」と答えたそうです。

そしてその亡命を手伝ったアメリカ人には4人の子供がいたと言われています。

こちらの情報真偽は定かではありませんが、もしこれが本当ならコマネチ選手は不倫を認めていたことなります。

ちなみに「So What?」の意味は「だから何?」という意味です。

ただし、コマネチ選手はルーマニア人ですのでこの時の会見では言葉の意味と真意が違った可能性があります。

なので真相としては

「本当は不倫はしていないが、言葉の解釈で誤解を与えた」

「本当に不倫していてだから何?と言った」

のどちらかになる可能性が高いと思われます。

ただコマネチ選手が亡命した理由はかなり悲惨な悲劇が彼女を襲ったことが原因ですので不倫なんてしている余裕なんてなかったのかもしれません。

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アメリカへ亡命するほどの悲劇であるコマネチ選手愛人騒動

当時「白い妖精」とまで言われていて人気がかなりあったコマネチ選手がルーマニアからアメリカへ亡命したのにはある恐ろしい背景があります。

ルーマニア革命が起こる前は当時のルーマニアのチャウシェスク大統領がかなり権力を乱用しており一般市民は餓鬼などに苦しみながら生活をしていました。

ですがチャウシェスク大統領とその家族だけは別でとても裕福な生活をしており、いわゆる「独裁者」というやつでした。

コマネチ選手はそんな独裁者であるチャウシェスク大統領の次男のニクに強制的に愛人関係となることを強いられていました。

当時、チャウシェスク一家に逆らえる人などおらず、次男のニクが交通事故を起こそうが、女性が襲われようが、

「俺を一体誰だと思っているんだ」

という一言でルーマニアの警察は動くことができず泣き寝入りするしかありませんでした。

コマネチ選手はそんな愛人関係に身も心もボロボロになっていき亡命することを決心します。

不倫騒動の前にこんなにも辛いことがコマネチ選手に起こっていたなんて辛すぎますよね。

コマネチ選手の亡命後

コマネチ選手はアメリカでは亡命を手引きしたアメリカ人との不倫疑惑、そしてルーマニアでは愛人としてこき使われる。

そんな彼女の人生は必ずしも悪いことばかりではなかったようです。

彼女は亡命後体操元金メダリストバート・コナーさんと結婚して娘を授かって今は幸せに暮らしています。

コマネチ選手の不倫騒動の真相まとめ

コマネチ選手は1989年にルーマニアからオーストラリアを経由してアメリカへと亡命しました。

その後亡命を手伝ったアメリカ人のコンスタンチン・パニートさんと不倫疑惑がささやかれますが、本当に不倫していたかは定かではない。

しかし、記者の質問に「So What?」と発言したことが不倫への確信へと変わってしまったのは事実です。

ですがルーマニア人である彼女がだから何という意味でこの言葉を発したのかはわかりません。

コマネチ選手は亡命前にルーマニアのチャウシェスク大統領の次男のニクに愛人関係を強いられ肉体的にも精神的にもかなり消耗していたため不倫どころではなかったのかもしれません。

 

以上がコマネチ選手の不倫騒動のまとめです。

若き頃に体操選手としてかなり活躍していたコマネチ選手ですが、その背景には息をのむような過去があったのですね。

今は幸せに暮らしいるみたいなので本当に良かったです。

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